【シリーズ沖縄戦】74年前の今日
1945年 3月25日『慶良間列島への上陸作戦前夜』
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
沖縄戦の教訓とは、なんだろう。
平和学習や戦争体験者らによる証言の結びでは、
「・・・だから戦争をしてはだめだ」
というような言葉で終わる事が多く、
今の若者たちのなかには、退屈過ぎる陳腐な定型句と思う者もいるかもしれない。
ただ単に憂鬱な「昔話」として避ける者たちもいる。
愛国心を刺激する「物語」を求める者たちもいる。
74年の年月を経て
沖縄戦の経験を語る年寄りたちは少なくなり、
国民のほとんど多くが漫画やドラマでしか戦争を知らないため、
「戦争をしてはいけないって、当たり前ですよね」とか、
「隣国が軍拡してるのに、無防備でいいんですか」などと言う者たちが、
SNS やネットテレビなどの媒体を使い、
もっともらしい意見を拡散している。
先人の苦しみを鼻先で愚弄する歴史修正主義が跋扈する。
沖縄戦を「伝える」という一方的な作業では、
もう限界に達しているのだろうか。
74年前の今日、
慶良間諸島の住民は、
あちこちの壕の中で決断を迫られていた。
信じるべきか、疑うべきか、
命令に従うべきか、反するべきか。
言われた通りにすべきか、逃げるべきか。
情報は正しいのか、フェイクなのか。
目の前の誰を信じ、誰を疑うべきなのか。
そして、なにより
生きるべきか、死ぬべきか。
慶留間島、くららさんのお爺さんは問う。
— 沖縄戦、74年前の今日 (@ospreyfuanclub2) March 25, 2018
米軍の攻撃が始まったら、日本兵の姿は見えず、いつの間にか住民に何も告げずにいなくなってしまったのだ。
せめて一言、軍人としてではなく、同じ人間として
「今、死んではだめだ」と言ってくれてさえいたら。
https://t.co/QFp1cuvQdu
沖縄戦の教訓とは、なんだろう。
今の日本国民に、沖縄県民に、
きちんと理解されているだろうか。
ご覧ください ⇩