1945年4月10日、津堅島の戦い ~ 島に軍事拠点があると言うことは何を意味するのか

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米軍、今年二回目の津堅島水域パラシュート降下訓練 - なぜ米軍は協定域外での降下訓練を執拗に繰りかえしているのか - 在沖米軍基地事件簿

 

いまも津堅島水域で我が物顔の米軍。

 

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【シリーズ沖縄戦】74年前の今日
1945年4月10日『米軍、津堅島に上陸』
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島に軍事拠点があると言うことは
何を意味するのか。

 

人口500人ほどの小さな島、
津堅島

 

今は産物にちなんで
キャロットアイランドとして愛されるこの小さな島に

 

米軍は徹底的な激しい襲撃をかけた。

 

米軍は知っていたのだ。
ここが日本軍の一大軍事要塞となっていることを。

 

当時の人口1000人の島に
配備された日本兵は160名、それに応援部隊や島民一丸となっての防衛隊も含め計360名が駐屯していた。

 

そうして、
74年前の今日、米軍がこの島に上陸。

 

島の住民をまきこんでの激しい戦闘が
4月28日まで断続的に続く。

 

日本軍の壕に看護師として動員された少女が
後に壕から救出されたとき

 

津堅島のすべての家屋が
一件も残らないほどすべて焼き尽くされていた。

 

ご覧ください ⇩

 

1945年 4月10日『米軍、津堅島に上陸』

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