日本兵のいない島、粟国島に米軍がやってきた - 「沖縄守備軍」がいない島

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《AIによるカラー処理》粟国島の海岸に上陸する水陸両用トラクター(LVT)。第3陣。(1945年6月9日撮影)

Amtracks (LVT's) approaching beach at Aguni, Ryukyu Islands. Third wave.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

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【シリーズ沖縄戦】74年前の今日
1945年6月9日 『米軍、粟国島に上陸』
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74年前の今日、
米軍は粟国島に上陸した。

 

日本軍のいない島、
粟国の当時の人口はおよそ4,000人。

 

それに対し上陸した米兵の数は
なんとその10倍の四万人であった。

 

米軍は伊平屋島の侵略の際、
粟国に日本兵が400人いると聞きおよび

それで40,000人の兵力を用意し上陸させたという。

 

粟国は兵隊経験者の進言で
以前から岬に偽の砲台をずらりと並べていたが

 

そのことが果たして役に立ったのか、

それともマイナスになったのかどうか、

 

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偽の砲台跡(粟国村)| 戦跡と証言 | 沖縄戦70年 語り継ぐ 未来へ | NHK 沖縄放送局

 

偽の大砲が設置されていた場所。

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米軍はいつものように激しい艦砲射撃を加え

軍車輌を上陸させるために海岸を爆破した。

  

ところが実際には誰一人として、
そこに日本兵はいなかったのである。

 

当初、制服を軍服に間違えられ
水産学校の生徒らが射殺されるという悲劇が起こったが、

 

急ぎ宣撫政策がとられ、

食料などの支給を約束され

 

粟国島に上陸した米軍は、
およそ6か月間ほど駐留の後、撤退したという。

 (粟国村史)

 

一方、沖縄本島南部、
現在の糸満市摩文仁に立てこもっていた第32軍首脳陣は、

 

できるだけ長く沖縄戦を長引かせるため
県民を死の淵へと吸いこんでいった。

 

ご覧ください。⇩

1945年 6月9日 『米軍、粟国島に上陸』

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