2017年6月12日、元沖縄県知事 大田昌秀さん、ありがとう。

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大田昌秀 (1925年6月12日 - 2017年6月12日)

 

今日は、元沖縄県知事大田昌秀さんの命日であり、そして誕生日でもある。歴史学者沖縄戦研究者としても、また沖縄県知事としても、彼の原点にあったのは、つねに沖縄への思い、沖縄戦の記憶だった。

 

沖縄が生んだ偉大な歴史学者の軌跡。

  

1945年、沖縄師範学校本科ニ年の時、、鉄血勤皇隊として沖縄戦に動員される。

 

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1990年、歴史学者から政治の「現場」へ。

沖縄県知事に (1990年12月10日 - 1998年12月9日)

 

1995年には、「米軍用地の強制使用手続きに関する代理署名」を拒否し国側と対立。

 

まだフェイクニュースなどという言葉もない時代だが、これ以降、様々な心無い中傷やデマ、印象操作や怪文書などが流されるようになる。

 

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職員をアメリカに往復させ、アメリカの沖縄戦関連の公文書を収集する「沖縄県公文書館」を建設。戦前、戦中、戦後の沖縄を伝える平和学習の場として「県平和祈念資料館」の建て替えにも尽力。そして、

 

1995年、「平和の礎」を建設。

 

沖縄の歴史と風土の中で培われた「平和のこころ」を広く内外にのべ伝え、世界の恒久平和を願い、国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎」を、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して1995年6月23日に建設する。

平和の礎いしじについて

 

参議院議員 2001年7月30日 - 2007年7月29日。

2013年、沖縄国際平和研究所の設立。

 

2017年6月12日、92歳で永眠。

 

ずっと死者たちを弔うことに 人生をかけてきた

 

2017年の今日、6月12日、92歳で死去された元沖縄県知事大田昌秀さん。少年兵、鉄血勤皇隊として経験した、あの沖縄戦摩文仁の丘の激戦。125人のうち生き残ったのはわずか37人。「なぜこういう事態に陥ったのか。もし生き延びることができたら、明らかにしたい」。戦後は研究者として沖縄戦と戦後史を研究。平成2年には沖縄県知事となり、米軍基地の整理・縮小に取り組んだ。「二度と沖縄を戦場にしてはならない」。政界引退後も平和活動に取り組み続けた元沖縄県知事大田昌秀さんの生涯を振り返る。

 

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72年前の今日、小禄半島の海軍司令部壕では、身動きできない負傷兵らに対し「どうか死んでくれーッ」と、泣きながら劇薬の入った注射をうつ軍医がいた。

 

少し離れたところでは、海軍司令部首脳が、次々に自決を遂げる。別の戦地では、米軍が放った火炎により、生きたまま焼かれた日本兵や、砲爆撃をうけてバタバタと倒れ、死んでいった人びとがいた。

 

このような、悲惨な光景を目撃した人、恐ろしい戦闘を経験した人、戦友や家族を失った人が、沖縄各地にいた。

 

一部の人びとが、その重い口を開き、見た光景、体験したことを語ってくれたおかげで、いま、我々は「沖縄戦」を知ることができる。

 

しかし、「沖縄戦」の中にいた大多数の人びとは、その経験を胸の奥にしまったまま、語ることなく、伝えることなく、昨日も、今日も、ひとり、またひとりと、この世を去っていく。

 

沖縄戦」を語ることができなかった戦争体験者に代わり、当時の沖縄の実情を伝えようと、必死で資料や映像を集め、研究し、戦争を知らない世代に伝えようと尽力したのは、今日、亡くなられた大田昌秀氏だ。

 

大田氏の功績や貢献は、この「沖縄戦シリーズ」の投稿では割愛するが、

 

語られることなく、伝えられることなく、この世を去っていった戦争体験者の、彼らの「経験」を少しでも多く掘り起こし、戦争を知らない世代の我々が、知り、学び、後世の人に伝えるという作業を確実にしていくこと、

 

それが、大田氏の「志」であると考える。

 

なので、大田氏の功績だけに目を向けるのではなく、我々、一人一人が「志」を引き継ぐこと。それが、大田氏をはじめ、この世を去っていった戦争体験者への、一番の供養だと思う。

 

neverforget1945.hatenablog.com

 

大田さんの後ろ姿を忘れないで、

歩み続けたい。

 

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youtu.be 

敵の米兵よりも日本軍の方が怖かった

politas.jp

 

 

主な書籍

 

 

 

 

 ありがとう、大田知事。

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 沖縄が生んだ偉大な歴史学者の軌跡。