歴史に正面から向かい合うことなしに、基地問題と軍事は語れない

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《AIによるカラー処理》

シュガーローフヒルからの眺め。後方では日本軍の砲弾が炸裂(1945年5月23日撮影)Scene from Sugar Loaf hill. Enemy shells bursting background.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

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【シリーズ沖縄戦】74年前の今日
1945年5月23日 『泥と死体とウジ虫と』
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先日、
日本の「物書き」を称する人物が

「戦争のおかげで、ひめゆり部隊や少年特攻兵や…ありえないほど美しい感動的なものを生んだ」

などとツイートした。

 

 

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okinawansea.hatenablog.com

 

 

これまでの59年間の歳月を

木星かどこか地球から遠いところで暮らしていたのだろうか。

 

今日の「シリーズ沖縄戦」をよんでほしい。一瞬たりとも、沖縄戦が「うつくしい」などと思っていたなら、歴史などミジンも知らなかったということである。

 

しかし、今の日本で、戦争をまるで絵空事のように夢想する者たちは、はたして少数派なのか。

 

映画やドラマだけではない。
ゲームという形で戦争を「シミュレーション」した気になる。

 

それらの世界では、
戦争犠牲者はみな「綺麗に」死ぬ。

 

テレビ画面や映画館のスクリーンには
まるまると太ったウジ虫が死体を喰らうようすは映しださない。

 

手足や内臓がそこらじゅうに散らばり、
ウジ虫が人間を覆うような、

 

そんな戦争の現実は決して映像化されない。

 

勇壮で感動的な音楽とともに
美しい映像と勇ましい言葉が充満の

 

そんな戦争モノが大量に消費される。

 

親に連れられ行った基地フェスに衝撃をうけ
海兵隊に入るのが夢だと目を輝かす日本の子どもいる。

 

軍隊アゲアゲの映画を観て、
作られた英雄の戦争美談に酔い、

 

軍を手放しで賛美し始める者たち、
一部の情報だけでわかった気になる者たちがいる。

 

地元に基地がなく、

基地のことも「ネット知」だけで
沖縄の反基地運動はけしからん反日だと、

 

沖縄ヘイトをつのらせるものたちもいる。

 

しかし彼らは決して

 

実際の過重な基地負担を背負ってもいなければ
基地と戦争の歴史を知ろうともしない。

 

基地と戦争のリアルは
ゲームや映画館、さらには
ワシントンや東京にすらない。

 

現場の兵士が見たもの、

 

嗅いだ匂い、無力さと絶望感、
人間の存在が削ぎ落とされる感覚、

 

まるまると太ったウジ虫が這う肉の塊を回収する、
人骨が見える肉の塊を手で掴む経験。

 

それらの現実に向かい合うことなしに
基地と戦争は語れない。

 

ご覧ください。⇩

1945年 5月23日 『泥と死体とウジ虫と』

neverforget1945.hatenablog.com

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