「玉音放送」とは何だったのか

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【シリーズ沖縄戦】74年前の今日
1945年8月15日 『それぞれの〝終戦の日〟』
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74年前の今日

 

天皇の「終戦の詔」いわゆる「玉音放送」が「臣民」に伝えられた。

 

ポツダム宣言受諾から五日後のことであり、11日には連合国は日本敗北の勝利に歓喜していたのだから、

 

日本が敗北したことを日本の国民が知るのは、一番後回しというわけだ。

 

人々は、雑音だらけのラジオの「天子の声」に耳を傾けた。

 

今でも「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」のくだりは有名だが、

 

戦争に負けたというのは理解できても、人々が玉音放送が何を言っているのか理解できなかったというのは、

 

なにもラジオ音声が劣悪だったというだけではないだろう。

 

まず、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍」んだのは
国民ではなく、天皇であった。

 

この戦争は「侵略」目的ではなく、「日本の自立と東アジアの安定」「東アジアの解放のため」だった。

 

天皇は、この戦争で「私はここに国体を守ることができ」、これからも「国体の本質を奮い立たせ、世界の流れから遅れないようにしなさい」と語る。

 

《現代語訳》

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

世界の情勢と日本の現状を深く考えた結果、緊急の方法でこの事態を収拾したい。忠実なあなた方臣民に告ぐ。

 

朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

私は、「共同宣言を受け入れる旨をアメリカ、イギリス、中国、ソビエトの4カ国に伝えよ」と政府に指示した。

 

抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々惜カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス

日本臣民が平穏無事に暮らし、全世界が栄え、その喜びを共有することは歴代天皇が遺した教えで、私も常に心に持ち続けてきた。アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、日本の自立と東アジアの安定を願うからであり、他国の主権や領土を侵すようなことは、もともと私の思うところではない。

 

然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ

だが戦争は4年も続き、陸海将兵の勇敢な戦いぶりも、多くの官僚の努力も、一億臣民の奉公も、それぞれが最善を尽くしたが戦況はよくならず、世界情勢もまた日本に有利ではない。その上、は新たに、残虐な爆弾を使用して多くの罪のない人を殺し、被害の及ぶ範囲を測ることもできない。このまま戦争を続ければ、日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明も破壊してしまうだろう。

 

斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ心霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

そんなことになってしまえば、どうやって私は多くの臣民を守り、歴代天皇の霊に謝罪すればよいのか。これが、私が政府に共同宣言に応じるように命じた理由だ。

 

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負イ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ

私は、東アジアの解放のために日本に協力した友好国に対して、遺憾の意を表せざるを得ない。戦地で命を失った者、職場で命を失った者、思いがけず命を落とした者、またその遺族のことを考えると、身も心も引き裂かれる思いだ。戦争で傷を負い、被害にあって家や仕事を失った者の生活についても、とても心配だ。

 

惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス 

これから日本はとてつもない苦難を受けるだろう。臣民のみんなが思うところも私はよくわかっている。けれども私は、時の運にも導かれ、耐えられないことにも耐え、我慢できないことにも我慢し、今後の未来のために平和への道を開いていきたい。

 

朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク

私はここに国体を守ることができ、忠実な臣民の真心を信じ、常に臣民とともにある。感情の赴くままに問題を起こしたり、仲間同士で排斥したり、時局を混乱させたりして、道を外し、世界からの信用を失うことは、私が最も戒めたいことだ。

 

挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ

国がひとつとなって家族のように団結し、日本の不滅を信じ、責任は重く、道は遠いことを心に留め、総力を将来の建設のために傾け、道義を大切にし、固くその考えを守り、国体の本質を奮い立たせ、世界の流れから遅れないようにしなさい。

 

爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ

あなた方臣民は、これらが私の意志だと思い、実現してほしい。

玉音放送を音声と現代語訳で 【終戦記念日】 | ハフポスト

 

国体とは、むろん、国体論、つまり「天皇制の核心である天皇の地位・権威・権能を保全すること」(広辞苑) である。

 

「国体護持」

天皇制の核心である天皇の地位・権威・権能を保全すること。太平洋戦争末期、連合国との講和を模索する重臣・宮中側近勢力は、国体護持を条件に戦争終結をめざしたが、昭和天皇の地位の安泰を最優先にするグループ天皇の退位を求めても天皇制の保全を図るべきだとする近衛文麿のグループが存在し、国体護持の理念は各勢力で異なった。しかし、天皇の権威が失墜しないうちに〈聖断〉により戦争を終結し、天皇とそれに連なる国家権力の主要部分を温存しようとする議論では共通する。

 

天皇制という国体を守るため、これほどまでに世界が呆れるほどの精神論で戦争を長引かせ、四分の一の沖縄人の生命を奪い、二つの原爆を経験し、血と涙を湯水のように流させたのだ。

 

この天皇の言葉を現代語訳してみれば

 

国内外の数多くの人びとの命を犠牲にしたことへの謝罪や、

 

世界、特にアジア太平洋地域の国々の人たちを地獄に陥れた大日本帝国の過ちを認める内容、

 

そして日本国民にはっきりとわかるように「日本は戦争に負けました」という説明などは、一切ない

 

そして日本の「戦後」は、
この「神」の言葉から始まり、

 

その戦争認識のベクトルからしからして、戦争の過ちから目を背けるものだが

 

戦後74年たった今も、

この国の国民は「玉音放送」を批評的に読もうとはしない。それが「天皇」の言葉だからだ。

 

今年の国を挙げた令和騒ぎでもご覧の通り、日本という国は天皇」という権力構造を無批判に受け入れる。文字通り「無批判に」だ。

 

そのことを米国は徹底した日本研究で認識していた。そしてそれを米国による日本占領に利用した。

 

話をもどそう。

 

肝心の、その「玉音放送」には、日本の戦争責任などは「なかった」ことになっている。ゆえに、謝罪も慚愧もない。

 

侵略ではなく解放であり、堪え難きを絶えたのは国民ではなく天皇だった

 

多くの罪のない人々を殺したのは「敵」側であり、日本ではなかった。

 

ほんとにそうなのか。

 

私たちひとりひとり、
私たちの子どもたちひとりひとりが、

 

正面から「大日本帝国の過ち」に向き合わない限り、

 

真の意味での「終戦の日」は、
いつまでたっても訪れることはない。

 

今日の沖縄戦、ご覧ください。⇩

1945年 8月15日 『それぞれの〝終戦の日〟』

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